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気難しがりやの王子の失敗

 学校から家に帰ると家はいつでも奇麗に片付いていて、タイミングさえ合えば手作りのおやつまで用意されている。
 部屋に入るとベッドの上には奇麗に畳まれた洗濯物が積み上げられている。
 全て自分を狙っている殺し屋の仕業だ。
 その殺し屋は、もうなくなってしまった衛星の王子である彼が随分小さな頃からその生命を狙っていた凄腕の殺し屋だ。残念ながらその殺人依頼は解除されてしまったが殺し屋は後一歩の所で依頼が解除されてしまった事を癪に思って次の依頼が来るまで王子を他の暗殺者から護り続けている。なんとも律儀で頑固な男だ。
 護りついでに学校までの送り迎え、家事までこなす殺し屋は、表情や感情には乏しかったが不思議と怖くはなかった。
 むしろ独特の優しさを持って王子に接してくれている。
 王子はいつかはこの男の手に掛けられ殺められてしまうのかという畏れを抱きつつも、殺し屋の作ったおやつをついばみ、今日学校であった事を報告しながら家事を手伝い、一緒に食卓を囲み、時には一緒に映画を観たり本の貸し借りをするという時間を過ごした。
 家どころか故郷の衛星と家族まで失った未成年の王子にはそうしてくれる大人が必要だったから、彼の存在は確かに有り難いものだった。
 なんてったって殺し屋はとても器用でまめでとっても聞き上手で、外ではにこにこの王子が家で感情を爆発させて八つ当たりしたって涼しい顔で受け止めてくれるのだ。
 そんな殺し屋の感情が最近の王子には巧くコントロール出来ないのが王子の悩みだった。
 以前はなすがままで八つ当たりを受け止めてくれる、背の高い殺し屋に心行くまで甘えて明日をすっきりと迎えていたのに。
 彼が底なしに彼を受け止めてくれればくれるほど、王子の胸にはもやもやとした気持ちが芽生えて仕方ない。
 殺し屋だって好きで王子の御世話をしているわけではないはずだとか。
 自分にも理不尽な話なのに、何故彼はひとつも抗う事なく従うのだろうとか。
 そんな疑問ばかりが自分とのやり取りの度に胸を多い、最近王子は殺し屋に素直になれない。
 必要以上にきつい言葉で返してしまったり、たいして感情も持たない殺し屋の気持ちを勝手に詮索して本当は自分に不満があるはずだと思い込んでは全ての言葉を悪いように受け止めてしまって反抗的な返事を投げ付けてしまったり。それでも殺し屋は何も言わない。また八つ当たりなのだろう、と涼しい顔だ。
 それがまた情けなくて、王子はごめんなさいも言えないで勝手にむくれては、踵を返されて慌ててて後を追ったりしがみついたり拗ねて部屋にこもって夕食まで出て来なくなったり。
 何かにつけてずるいずるいと連呼したり。
 周囲にいる人間が普通の大人だったら反抗期だ、思春期だ、と思ってくれた事だろう。
 あなたはそうだと言ってくれたかもしれない。
 ただ、殺し屋はだいぶその辺の事がルーズで、亡命の王子は16歳の揺らめく心を持て余していた。

 そんなことだから、今日も王子はちょっとしたことで不機嫌になって部屋に籠ってしまった。
 どういう風に振る舞ったらいいのか判らず、激しい自己嫌悪を抱きながらベッドに転がっていると睡魔が襲って来る。
 最近、ちょっとしたことで苛々しているから疲れてしまったに違いない。
 王子はそう考えて瞳を閉じた。
 


 ずしん、とした重みを体に感じる。
 部屋が薄暗くて、ちょっと寝ただけのつもりがそうではなかったかもしれない、と思いながら王子はどうにか体を起こそうとした。
 まだすっきりはしていないが寝ただけマシだ。
 まだ殺し屋になんて言ったら判らないが顔を合わせる気にはなってる。
 出来るだけ勢い良く起きよう、と上半身を起こした王子は、その勢いを強くへし折られるような出来事に顔面蒼白になった。
 ・・・・・・・どうしよう・・・・・・
 心臓の音が聴こえる。
 どうしたらいいのか判らない。
 混乱した頭の中で色んな事がぐるぐると回っているけれど、とにかく誰かの助けが必要だ。
 王子は震える手で携帯電話を掴むと必死で番号ボタンを押した。



 静かな台所で殺し屋は夕食の下ごしらえをしていた。
 王子がいる時は王子の話し声で溢れ還っているが、今日は自分一人なので包丁が野菜を刻む音やお湯が沸く音くらいしかしない。
 そんな静寂をつんざくように、リビングに置いてある電話が強く鳴った。
 この電話は掛けた側が内容によって音を調節出来るようになっているので、音の強弱で話の重要度が判るようになっている。
 殺し屋が足早に近寄り、受話器を耳に付けると、ためらうような呼吸の後で、掠れたような声で

「・・・・・・お・・・・」

とだけ聴こえた。

「お?」

 オウム返しに聞き返す。
 受話器の向こうは数秒間静かになり、それから涙声で震えながら、しかしはっきりとした口調で伝えられた。



 おねしょしちゃった




 殺し屋が急いで二階に駆け上がり扉をノックすると、王子がべそをかきながら出て来る。
 下半身は歩く度にぐずぐず言っている。
 本人は無意識だろうがびしょびしょで重くなったズボンのせいでどことなくがに股だ。
 ベッドの上には大きな水たまりが出来ていた。
 服は着替える事が出来るが、この濡れたベッドを始末するのは難儀な事だろう。
 殺し屋はとにかく体を洗っておいで、と言うとシーツを剥がしに掛かった。
 毛布は掛けていなかったようで無事だがマットレスは救い用がない。
 もう夕方なので外に干すわけにもいかない。
 しかし、このまま置いては部屋ににおいがこもってしまう。
 殺し屋は取り敢えずシーツを浴室に突っ込んだ。
 王子が泣きべそかきながらシャワーを浴びていたが気にしない。
 その後、床を汚さないようにマットレスを降ろす。
 これが一苦労だった。
 階段を下りる時がキツい。
 それでもどうにかして運び降ろすと体と一緒にシーツも洗った王子が浴室から出て来たところだった。鏡の前で涙を拭きながら着替え始めようとしている背後からマットレスを浴室に突っ込む。
 今しがた閉じられたばかりのシャワーの栓を開くと、王子の失敗の跡目掛けて放水した。
 
 
 それは立派な反抗期。
 残業を途中で切り上げ、いつもより早目に帰って来た家主はソファの上で殺し屋に抱きかかえながら眠る王子の姿に微笑みながら答えた。
 ベッドが駄目になってしまったので後は他の人と寝るか居間のソファで寝るかしかなかったが、殺し屋に部屋はない。同居人の塔は二人で寝れるほどのベッドは持っておらず、家の主は帰りが遅く持ち帰りの仕事を携えていることもある。考えた末にソファで寝る事を選んだわけだが、夕食後も自分の失敗を思い出してかぐずぐず泣くので気持ちを落ち着かせる為に仰向けになり、腹に抱きながら揺らしていたらすっかり眠り込んでしまい、殺し屋は動くに動けなくなってしまった。
 家主の夕飯を温めなくてはなるまい。
 殺し屋はそっとソファと王子の間からそっと体を抜き取る。
「反抗期?」
「あとちょっとで大人さ」
 家主は己の首にしつこくしがみつくネクタイを外しながら言った。
「その前に赤ちゃんに戻るの?」
「そうかもな」
 家主は殺し屋の疑問にふふふ、と笑った。
 殺し屋はいつも五歳児が初めて疑問を抱くかのような訊き方をする。
 それが怜悧な表情と正反対で面白くてたまらない。
 殺し屋は結構博識で雑学家で思いも寄らないような知識を持っていたが、どこでどう生きて来たのか誰もが知ってる事が抜け落ちていたりする。それをためらいなく訊いて来るのだ。
 彼の年齢は判らず、骨格や肌の質感からして20代の前半ではないかと言われているが、こういう時はいやにあどけない。
 あどけないからこそ殺し屋になれるのかもしれない。
 と、思わないでもないが。
 家主が今日の疲れをシャワーで洗い流し、リラックスした部屋着になって居間に戻ると食卓には温められた夕食が並んでいる。勿論アルコール付き。王子の元に戻ろうとした殺し屋を呼び止め、グラスを持たせると二人で反抗期に乾杯をした。
 少なくともあのマットレスが乾くまでに三日は掛かりそうだなと思いながら。



 王子はそれからしばらくはまた失敗してしまうのではないかと怯えながら眠り、起きる日々を過ごした。
 失敗は一度だけあった。
 その頃は反抗期も終わり掛けており、殺し屋との感情の諍いもなく、自分の心持ちも理解していた王子は以前のように大騒ぎをすることもなく自分で後始末をすると、その日は泊まりでソファに寝ていた殺し屋を起こし、
「ベッド駄目にしちゃったから」
と言うと反対側のソファで毛布にくるまる。
「駄目にしたって何で?」
 殺し屋が、あの特有の五歳児みたいな眼差しで訊いて来る。
 本当に卑怯だ、と王子は思ったが反抗期真っ盛りの時に感じた苛立はない。
 殺し屋にとっては本当に「何で?」なのだ。
 王子はちょっとは察しなよ、というようにわざと膨れると
「おねしょしちゃったの!」
 と言い放って背中を向けた。
 殺し屋はふうん、とだけ言うとおやすみと呟き静かになった。
 ふうん、だって、と王子は目を閉じ眠りの国に旅立つ。
 明日になったらもう黙れって言っても喋ってやるんだからね。
 あの日。
 自分のおねしょに気付いた時、どんなに絶望したか。
 謝ってもいないのに強情張った相手に泣きつくのにどれだけの勇気がいったか。
 服を脱ぐまでの、お尻から脚にまとわりつく気持悪さ。
 電話してから殺し屋が駆けつけるまでの間、実はその濡れたベッドの上におしっこを漏らしちゃった事。
 盛大に濡れてたから気付かれなかったけど、浴室までもちょっとずつ漏らしていて浴室の前で大きな水たまりも作っていたこと。
 それくらいあの日は自分の失敗が恐怖だったこと。
 抱かれて眠ってる間とても安心していたこと。
 今夜は「あ、やっちゃった」としか思わなかった事。
 ベッドだってあんなに派手には汚してないんだから。
 同じおねしょだけど。
 パジャマだってお尻の周りが濡れたくらいなんだから。
 同じおねしょだけど。




 大人になるってちょっとつまらない。
 王子の寝息を聴きながら殺し屋は自分も眠りの国へと旅立ちながら思った。
 殺し屋は王子が小さい時から知ってはいるが、彼を抱いたりするわけにはいかなかった。
 偶然、致し方なく小さな手に握りしめられた時、初めてその体温を感じ、子供って温かいなあと思った。それは彼が初めて触れる生命の温度だった。
 こないだの夜腹の上に抱いた王子の体から伝わる体温はその時の事を思い出させるほど温かかった。
 わけもなく突っかかって来たり、よく判らない理由で八つ当たりして来たり、急に泣き出したりする王子を殺し屋はさほど嫌ではなかった。
 そんな王子がもういなくなるのかと思うと、寂しくもあり残念でもある。
 もしかしたらまたうっかり失敗してしまってもソファで寝ずに済む方法を思い付くかもしれない。
 抱いた体温がそっと離れて行くような気持ちだな、と殺し屋はその残像を追って意識を手放した
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