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スクラッチナイト

少年の頬と腿を温かい物が伝う。
そうなると判っていた結末、恐怖、悔恨。
それらのものがない交ぜになった、不快感しかない熱が、ゆっくりと下半身を支配し、床に小さな音を立てて水たまりとなって広がった。
灯りのない暗い廊下に響くその音は彼の耳にやけに大きく響いた。
まだ幼い塔の鼓膜に響くその音は、少し離れてこちらを見下ろしている男の耳にも届いているだろうか。
そう思うと塔の胸はどきん、と高鳴り顔は羞恥で熱くなる。
幽霊だろう?そんなこと関係ないさ。
頭ではそう思っていても今彼に起きている状況が塔を充分に狼狽させ、途方に暮れさせた。
後少し歩けばというところでトイレに間に合わなかった、という事実。
それも目の前に幽霊がいる、という恐怖に勝てなかったからだ。
物心ついた時には様々な凶器に触れ、殺人を仕込まれ、誰かに頼るということを知らずに育った彼は、恐怖を抱え暗闇の中で尿意を必死にこらえながら耐えに耐えるしかなかった。
周囲にいる大人に付き添ってもらうなんて考えつきもしなかったのだ。
そんな彼は、トイレまで間に合わずにしくじってしまった事に動揺し、絶望感に囚われていた。
足元の水たまりは今も広がり続け、お尻にも股間にも熱を伝え続けている。
少し遠くにいた幽霊が一歩近付いた。
塔の心臓がどくん、と鼓動を打ち、今までゆっくりと漏れていたおしっこがどっと解放された。
ちょろちょろという音が大きな水音に変わる。
塔はそれを止める事は出来なかった。
体が恐怖に負けたのだ。
パジャマのズボンが一瞬で濡れた。
幽霊は、そんな彼の頬にそっと手を当てるとおいで、と優しく囁いた。
どうしていいのか判らないまま、塔はその声に導かれ、ふらふらと歩き出した。



おそらくそれが彼にとって最初の、誰かに頼るという行為になった。
相手のなすがまま。
言われるがまま体を洗われ、新しいパジャマに身を委ね、後片付けをしてもらい、まだ恐怖で凍り付いた心を抱いて再び眠る。
自分にとって恐怖心を抱く相手に頼るという歪んだ形での始まり。
それが、塔に複雑な甘え方を形成させた、と後に思う。
その夜の出来事は間違いなく彼に大きな傷を残し、彼はその後三日連続して布団を汚した。
最初の夜はただ、ぎりぎりまでトイレを我慢出来なかっただけの失敗だったが翌日からのおねしょは、目を覚ました時には時既に遅し、という具合でそれが彼を余計に恐怖へと陥れた。
我慢した記憶がないのに布団が濡れている。
お尻には濡れたパジャマが張り付いて気持ちが悪い。
それよりどうしたらいいのか判らない。
冷静な時の彼だったら今まで誰も頼らずに来た経験で静かに着替え、汚れた寝具を始末する事が出来ただろう。だが、この失敗は彼を酷く混乱させた。
どうしたらいいのか判らないまま、濡れた布団の上でしくしく泣いていると(そんなことも初めてだった)幽霊が現れ、最初の夜のように彼の体を洗い、奇麗にしたシーツの上に彼を寝かしつける。
塔は、手助けそしてもらいながらも、自分の身をどうして良いのか判らずにいた。
三日目は少しは記憶があった。
正確には目を覚ました時は、布団を汚している最中だった。
それは酷く情けない物で、失敗を止められないという事実が腿の下で広がり続ける尿の水たまりを感じながら彼を強く打ちのめした。
泣く事も出来ずに呆然とベッドの上で青ざめている塔に、幽霊はすまなかった、と言った。
「もうここには来ない」
と。
塔は猜疑心に溢れる少年だったが、幽霊の謝罪の翌日から、ぴたっとおねしょは止んだ。
夜中に目を覚まし、布団が濡れていないのを確認した彼は、誰もいない空間を見詰め、自分が何かを失ったような宙ぶらりんな気持ちを抱いている事を感じた。
幼い彼には、それが何だか判らなかった。


塔は幼くても暗殺者だった。
彼の狙いは同じ寮にいるどこかの衛星の皇子で、彼は大人しく謙虚で控えめで、甘えん坊ではなかったが誰かに頼る事が巧かった。
幼い時、かいま見れたその性格は一緒に育ち同じ家で時を過ごす様になってはっきりと示される様になった。
きっと彼だったらトイレに間に合わなくなる前に誰かを呼べただろう。
仮に間に合わずに失敗しても自分がすべき事と頼るべきことを区別し、お詫びもお礼も言うべき時に表しただろう。
と、当時を振り返る度、塔はその時の気恥ずかしさと共に、その時感じた宙ぶらりんな気持ちについて考える。
少しだけ手を伸ばし、助けを呼ぶ。
その術をあの時身につけ損なったのだ。
幽霊の一方的な幕引きによって。
そして巧く頼れなかった自分のせいで。
塔は結局あれからも誰かを頼る事が巧く出来ない青年になった。
方法は判っていたが、実行することが出来ない。
助けて欲しいのに唇をきゅっと弾き結んで拒絶してしまう。
態度に表れているのに言葉と顔で否定してしまい、言い出せなかったせいで隠し事に繋がったり失敗してしまう事も度々だった。
そんな彼を身近な保護者も皇子も判っているよ、というように許し、厳しくし、肩を抱く。
助けてもらっておきながら反抗的な態度に出ても減らず口を叩いても苦笑いで受け止める大人たちに、彼は更にむくれてしまう。
甘えているんだよなあ、と冷静になると必ず省みるのだが、その時は謝罪も感謝ももう間に合わない頃で、つくづく可愛くないなあと自分にがっかりするのだ。
彼の本当の保護者は苦い顔しかしなかったが、その保護者が強制的に雇った家庭教師の青年は、そんな彼の様子を察するといつも
「お前なり」
と言って笑った。
未だに塔は幽霊が怖い。
映画でもドラマでも童話でもホラーは全く駄目だ。
態度は決して良い物とは言えなかったが、それが駄目なんだと意思表示出来るようにはなった。
いつか、幽霊に会った事。
その夜の失敗を話せるようになったら、もう少し巧く頼れるようになるんだろうな、と許される度に塔は思う。
そして、自分が早いうちに頼るのが上手な性格だったら、おねしょも、もう二、三度はして彼らの腕の中で甘えてみたかったなあとも思うのだ。
(さすがにこの歳でそれは出来ないよなあ)
と残念に思う自分に呆れながら。
(今やったら本当に憤死ものだよ・・・・・・)
きっと皇子も、彼の保護者も少し冷たい目をした優しい家庭教師も笑わないでいてくれるだろうけど。
いや、それとも笑い話にしてくれるだろうか。
夜風ですっかり冷えたグラスの中の酒を飲み干し、塔は考えても仕方のないことさ、と首を振り、部屋の中に入った。
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