スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

気難しがりやの王子の失敗

 学校から家に帰ると家はいつでも奇麗に片付いていて、タイミングさえ合えば手作りのおやつまで用意されている。
 部屋に入るとベッドの上には奇麗に畳まれた洗濯物が積み上げられている。
 全て自分を狙っている殺し屋の仕業だ。
 その殺し屋は、もうなくなってしまった衛星の王子である彼が随分小さな頃からその生命を狙っていた凄腕の殺し屋だ。残念ながらその殺人依頼は解除されてしまったが殺し屋は後一歩の所で依頼が解除されてしまった事を癪に思って次の依頼が来るまで王子を他の暗殺者から護り続けている。なんとも律儀で頑固な男だ。
 護りついでに学校までの送り迎え、家事までこなす殺し屋は、表情や感情には乏しかったが不思議と怖くはなかった。
 むしろ独特の優しさを持って王子に接してくれている。
 王子はいつかはこの男の手に掛けられ殺められてしまうのかという畏れを抱きつつも、殺し屋の作ったおやつをついばみ、今日学校であった事を報告しながら家事を手伝い、一緒に食卓を囲み、時には一緒に映画を観たり本の貸し借りをするという時間を過ごした。
 家どころか故郷の衛星と家族まで失った未成年の王子にはそうしてくれる大人が必要だったから、彼の存在は確かに有り難いものだった。
 なんてったって殺し屋はとても器用でまめでとっても聞き上手で、外ではにこにこの王子が家で感情を爆発させて八つ当たりしたって涼しい顔で受け止めてくれるのだ。
 そんな殺し屋の感情が最近の王子には巧くコントロール出来ないのが王子の悩みだった。
 以前はなすがままで八つ当たりを受け止めてくれる、背の高い殺し屋に心行くまで甘えて明日をすっきりと迎えていたのに。
 彼が底なしに彼を受け止めてくれればくれるほど、王子の胸にはもやもやとした気持ちが芽生えて仕方ない。
 殺し屋だって好きで王子の御世話をしているわけではないはずだとか。
 自分にも理不尽な話なのに、何故彼はひとつも抗う事なく従うのだろうとか。
 そんな疑問ばかりが自分とのやり取りの度に胸を多い、最近王子は殺し屋に素直になれない。
 必要以上にきつい言葉で返してしまったり、たいして感情も持たない殺し屋の気持ちを勝手に詮索して本当は自分に不満があるはずだと思い込んでは全ての言葉を悪いように受け止めてしまって反抗的な返事を投げ付けてしまったり。それでも殺し屋は何も言わない。また八つ当たりなのだろう、と涼しい顔だ。
 それがまた情けなくて、王子はごめんなさいも言えないで勝手にむくれては、踵を返されて慌ててて後を追ったりしがみついたり拗ねて部屋にこもって夕食まで出て来なくなったり。
 何かにつけてずるいずるいと連呼したり。
 周囲にいる人間が普通の大人だったら反抗期だ、思春期だ、と思ってくれた事だろう。
 あなたはそうだと言ってくれたかもしれない。
 ただ、殺し屋はだいぶその辺の事がルーズで、亡命の王子は16歳の揺らめく心を持て余していた。

 そんなことだから、今日も王子はちょっとしたことで不機嫌になって部屋に籠ってしまった。
 どういう風に振る舞ったらいいのか判らず、激しい自己嫌悪を抱きながらベッドに転がっていると睡魔が襲って来る。
 最近、ちょっとしたことで苛々しているから疲れてしまったに違いない。
 王子はそう考えて瞳を閉じた。
 


 ずしん、とした重みを体に感じる。
 部屋が薄暗くて、ちょっと寝ただけのつもりがそうではなかったかもしれない、と思いながら王子はどうにか体を起こそうとした。
 まだすっきりはしていないが寝ただけマシだ。
 まだ殺し屋になんて言ったら判らないが顔を合わせる気にはなってる。
 出来るだけ勢い良く起きよう、と上半身を起こした王子は、その勢いを強くへし折られるような出来事に顔面蒼白になった。
 ・・・・・・・どうしよう・・・・・・
 心臓の音が聴こえる。
 どうしたらいいのか判らない。
 混乱した頭の中で色んな事がぐるぐると回っているけれど、とにかく誰かの助けが必要だ。
 王子は震える手で携帯電話を掴むと必死で番号ボタンを押した。



 静かな台所で殺し屋は夕食の下ごしらえをしていた。
 王子がいる時は王子の話し声で溢れ還っているが、今日は自分一人なので包丁が野菜を刻む音やお湯が沸く音くらいしかしない。
 そんな静寂をつんざくように、リビングに置いてある電話が強く鳴った。
 この電話は掛けた側が内容によって音を調節出来るようになっているので、音の強弱で話の重要度が判るようになっている。
 殺し屋が足早に近寄り、受話器を耳に付けると、ためらうような呼吸の後で、掠れたような声で

「・・・・・・お・・・・」

とだけ聴こえた。

「お?」

 オウム返しに聞き返す。
 受話器の向こうは数秒間静かになり、それから涙声で震えながら、しかしはっきりとした口調で伝えられた。



 おねしょしちゃった




 殺し屋が急いで二階に駆け上がり扉をノックすると、王子がべそをかきながら出て来る。
 下半身は歩く度にぐずぐず言っている。
 本人は無意識だろうがびしょびしょで重くなったズボンのせいでどことなくがに股だ。
 ベッドの上には大きな水たまりが出来ていた。
 服は着替える事が出来るが、この濡れたベッドを始末するのは難儀な事だろう。
 殺し屋はとにかく体を洗っておいで、と言うとシーツを剥がしに掛かった。
 毛布は掛けていなかったようで無事だがマットレスは救い用がない。
 もう夕方なので外に干すわけにもいかない。
 しかし、このまま置いては部屋ににおいがこもってしまう。
 殺し屋は取り敢えずシーツを浴室に突っ込んだ。
 王子が泣きべそかきながらシャワーを浴びていたが気にしない。
 その後、床を汚さないようにマットレスを降ろす。
 これが一苦労だった。
 階段を下りる時がキツい。
 それでもどうにかして運び降ろすと体と一緒にシーツも洗った王子が浴室から出て来たところだった。鏡の前で涙を拭きながら着替え始めようとしている背後からマットレスを浴室に突っ込む。
 今しがた閉じられたばかりのシャワーの栓を開くと、王子の失敗の跡目掛けて放水した。
 
 
 それは立派な反抗期。
 残業を途中で切り上げ、いつもより早目に帰って来た家主はソファの上で殺し屋に抱きかかえながら眠る王子の姿に微笑みながら答えた。
 ベッドが駄目になってしまったので後は他の人と寝るか居間のソファで寝るかしかなかったが、殺し屋に部屋はない。同居人の塔は二人で寝れるほどのベッドは持っておらず、家の主は帰りが遅く持ち帰りの仕事を携えていることもある。考えた末にソファで寝る事を選んだわけだが、夕食後も自分の失敗を思い出してかぐずぐず泣くので気持ちを落ち着かせる為に仰向けになり、腹に抱きながら揺らしていたらすっかり眠り込んでしまい、殺し屋は動くに動けなくなってしまった。
 家主の夕飯を温めなくてはなるまい。
 殺し屋はそっとソファと王子の間からそっと体を抜き取る。
「反抗期?」
「あとちょっとで大人さ」
 家主は己の首にしつこくしがみつくネクタイを外しながら言った。
「その前に赤ちゃんに戻るの?」
「そうかもな」
 家主は殺し屋の疑問にふふふ、と笑った。
 殺し屋はいつも五歳児が初めて疑問を抱くかのような訊き方をする。
 それが怜悧な表情と正反対で面白くてたまらない。
 殺し屋は結構博識で雑学家で思いも寄らないような知識を持っていたが、どこでどう生きて来たのか誰もが知ってる事が抜け落ちていたりする。それをためらいなく訊いて来るのだ。
 彼の年齢は判らず、骨格や肌の質感からして20代の前半ではないかと言われているが、こういう時はいやにあどけない。
 あどけないからこそ殺し屋になれるのかもしれない。
 と、思わないでもないが。
 家主が今日の疲れをシャワーで洗い流し、リラックスした部屋着になって居間に戻ると食卓には温められた夕食が並んでいる。勿論アルコール付き。王子の元に戻ろうとした殺し屋を呼び止め、グラスを持たせると二人で反抗期に乾杯をした。
 少なくともあのマットレスが乾くまでに三日は掛かりそうだなと思いながら。



 王子はそれからしばらくはまた失敗してしまうのではないかと怯えながら眠り、起きる日々を過ごした。
 失敗は一度だけあった。
 その頃は反抗期も終わり掛けており、殺し屋との感情の諍いもなく、自分の心持ちも理解していた王子は以前のように大騒ぎをすることもなく自分で後始末をすると、その日は泊まりでソファに寝ていた殺し屋を起こし、
「ベッド駄目にしちゃったから」
と言うと反対側のソファで毛布にくるまる。
「駄目にしたって何で?」
 殺し屋が、あの特有の五歳児みたいな眼差しで訊いて来る。
 本当に卑怯だ、と王子は思ったが反抗期真っ盛りの時に感じた苛立はない。
 殺し屋にとっては本当に「何で?」なのだ。
 王子はちょっとは察しなよ、というようにわざと膨れると
「おねしょしちゃったの!」
 と言い放って背中を向けた。
 殺し屋はふうん、とだけ言うとおやすみと呟き静かになった。
 ふうん、だって、と王子は目を閉じ眠りの国に旅立つ。
 明日になったらもう黙れって言っても喋ってやるんだからね。
 あの日。
 自分のおねしょに気付いた時、どんなに絶望したか。
 謝ってもいないのに強情張った相手に泣きつくのにどれだけの勇気がいったか。
 服を脱ぐまでの、お尻から脚にまとわりつく気持悪さ。
 電話してから殺し屋が駆けつけるまでの間、実はその濡れたベッドの上におしっこを漏らしちゃった事。
 盛大に濡れてたから気付かれなかったけど、浴室までもちょっとずつ漏らしていて浴室の前で大きな水たまりも作っていたこと。
 それくらいあの日は自分の失敗が恐怖だったこと。
 抱かれて眠ってる間とても安心していたこと。
 今夜は「あ、やっちゃった」としか思わなかった事。
 ベッドだってあんなに派手には汚してないんだから。
 同じおねしょだけど。
 パジャマだってお尻の周りが濡れたくらいなんだから。
 同じおねしょだけど。




 大人になるってちょっとつまらない。
 王子の寝息を聴きながら殺し屋は自分も眠りの国へと旅立ちながら思った。
 殺し屋は王子が小さい時から知ってはいるが、彼を抱いたりするわけにはいかなかった。
 偶然、致し方なく小さな手に握りしめられた時、初めてその体温を感じ、子供って温かいなあと思った。それは彼が初めて触れる生命の温度だった。
 こないだの夜腹の上に抱いた王子の体から伝わる体温はその時の事を思い出させるほど温かかった。
 わけもなく突っかかって来たり、よく判らない理由で八つ当たりして来たり、急に泣き出したりする王子を殺し屋はさほど嫌ではなかった。
 そんな王子がもういなくなるのかと思うと、寂しくもあり残念でもある。
 もしかしたらまたうっかり失敗してしまってもソファで寝ずに済む方法を思い付くかもしれない。
 抱いた体温がそっと離れて行くような気持ちだな、と殺し屋はその残像を追って意識を手放した
スポンサーサイト

くまにおねしょを見られたら

毎日ベッドにおしっこの失敗。
お尻がじゅわんとしたらもう駄目なの。
パジャマに温かいおしっこが広がって。
それから何時間かしたらお尻に痛いおしおき。
それでも毎日おしっこの失敗。

今日はいつもと違ってた。
くまさんのぬいぐるみにぴしゃんぴしゃん。
とうとうお尻を叩かれて。
くまさんは言ったの。
「もう一緒に寝てあげません」


one303.jpg

悪魔払い師の孫 悪魔のお仕置き

 夏にはまだ少し早い日の夜だった。
 シトラスはふと、眠りから醒めベッドの上から起き上がった。
 普段は朝までぐっすり眠っているのでこれは珍しい事だ。
 もう一度眠りにつこうとした彼女は、その前にトイレに行っておこうとベッドから出た。
 生意気な顔立ちをしているけれどまだ10歳にもならない幼い彼女の髪が暗がりの中でぼんやり光る。灯りは要らない。
 何故ならシトラスは父親が悪魔の、人間とのハーフだからである。
 そのせいでとても夜目が利く。
 それでも最近は廊下に間接照明が灯るようになった。
 悪魔と悪魔のハーフしかいなかったこの家に人間の男の子がやって来たからだ。
 それでこの家のルールは少しだけ人間寄りになった。
 ほどなくしてシトラスは自分が目を醒した理由を知る。
 奥の部屋から灯りが漏れ、誰かの話す声がするのが聴こえて来たからだ。
 彼女は取り敢えずトイレに行くのを後回しにして置くの部屋へと忍び寄って行った。
 そこは確か悪魔である父親の部屋であるはずだ。
 その部屋で一体何が?
 好奇心を刺激された彼女だが徐々に聴こえて来る声と音で事態を察することが出来た。
 聞き覚えのある、尻を叩く音と父親の説教。そしてすすり泣き。
 でも、そのお仕置きの常連である自分はここにいる。
 ごくっとシトラスの喉が鳴った。
 だったら今部屋の中でお尻を叩かれているのはあの子しかいない。
 父親が引き取る事になった人間の男の子、スニヤ。
 だがスニヤはきかん気の強いやんちゃなシトラスと違って真面目で大人しくて滅多には叱られる事のない男の子だ。それがどうして?シトラスはそっと部屋に近寄って耳をそばだてた。
「夜更かしは駄目だって何度も注意したよな?」
 ドア越しに父親の滅多にない尖った声が響く。
 悪魔とは言うが父親のハビエルは相当に甘い父親で滅多に子供達を叱る事もなければ声を荒げる事もない。その父親が一度叱るとなると、それはもう厳しく、シトラスでも何も言い返す事が出来なかった。
 部屋の中からは返事の代わりに鼻をすすり上げる音とくぐもった言葉にならない声が聴こえる。
 多分スニヤは泣くのと悲鳴を上げるのを耐えているのだろう。
「それなのに隠れて夜中に!」
 ハビエルの声に続いて、ばしん、という音が聴こえ、シトラスは思わず自分のお尻を庇い足の指を折り曲げた。我知らず、肩がびくんと跳ねる。ズボン越しのようだが明らかにお尻を叩かれている・・・・・・ スニヤと違って何度もお尻にお仕置きをされた事のあるシトラスはその時の痛みが蘇って頬が熱くなった。父親がくれる平手は本当に痛い。まだ床に水たまりを作った事はないがシトラスは何度もその痛さでおしっこをちびってしまい、下着を汚している。スカートの上から叩かれる時はバレずに済んでいるが、お尻を半分出された状態でのお仕置きでは見逃してもらえる筈もない。いつも生意気な態度を取るくせに、とついでに罵られてしまうので本当に恥ずかしいし屈辱的だ。
「池に落ちただと?!」
 シトラスは、その言葉で父親が何故スニヤに腹を立てているか判った。
 このところ、彼は一冊の本に夢中で何度言っても夜更かしをしてまで読みふけっていて、そのせいで昼にぼんやりする事が多くなったのだ。授業には影響していないようだが何でもないところで転んだり家の中で壁にぶつかったりと少々危ないと思った矢先に今日は池に落ちた。
「もしも誰かが通りかからなかったらどうなってたと思うんだ!」
 ばん!ばん!ばん!
 続けざまにはたかれ、さすがのスニヤもうめき声を上げながら仰け反る。
 これ以上は・・・・・・・と、シトラスはそっとその場を離れるとトイレに入り、自室に戻り再びの眠りについた。
 明日はそっとスニヤを慰める事にしよう。
 
 
 スニヤはベッドに腰掛けたハビエルの膝の上に尻を乗せられたまま、顔の前にある枕を両手で掴み痛みに耐えていた。
 悪いのは自分なので泣き喚くのは違うと想っていたし、簡単に謝っては痛みに堪え難いだけのことだと思われるのではと考えて口を開かぬようにと頑張っていた。
 それでもあまりの痛みにたまに声が漏れてしまう。
 そのせいでサビエルも止め時を見失ってはいた。
 スニヤの指が枕に深い皺を作るのが目に入り、一旦落ち着こうと一度振り上げた手を下ろす。
 膝に乗せた腹と、幼いせいでまだ薄い肩が大きく上下していた。
 その肩の動きが静かになった頃。
「・・・・・・サビエル・・・・・」
 膝の上から弱々しい声がした。
「・・・・・本当にごめんなさい・・・・」
 泣くのを堪えているせいで言葉は途切れ途切れだ。
 サビエルはまだ腹を立てていたが、その言葉で苛立ちがすうっと引いて行くのを感じた。
「うん」
と言うとうつ伏せになったままのスニヤの体を起こし、鼻にティッシュを当てがうとちんとさせる。
 泣くのを我慢しているせいで鼻水が詰まって窒息寸前だ。
「そりゃあ俺はスニヤが読書に夢中なのはいいと思うよ。
でもまだ子供なんだし睡眠はちゃんと取らなきゃ駄目だ。
だから本は寝る前に預けて行きなさい」
「え・・・・・・」
 スニヤは承服し兼ねるように言い淀んだが強く睨まれてはい、と言った。
「じゃあ、さっそく本を取りに行かなくてはね」
 サビエルはそう言うと、スニヤを抱きかかえ彼の寝室へと向かった。



 青空にしゃぼんが舞う。
「おねしょはシトラスだけだと思ったのに」
 サビエルはぼやきながら汗まみれになってシーツと格闘している。
「なんだ、どうしたんだ?」
 遊びに来た友人のリリスがその顔を上から覗き込む。
「あの人間の子は怖い映画でも見たのか?」
「いいや」
 サビエルはシーツをぎゅーっと絞るとっち上がり、青空の下に大きく拡げ、ぱんっと張って笑った。
「よ~~く眠っただけだよ。な?」
 その言葉に建物の影から様子を見ていたスニヤが一瞬体をを引っ込めたがすぐに顔を赤くして姿を現した。
 サビエルはにやにやしながら洗濯物の入ったたらいを抱え、スニヤの脇を通り過ぎると、その髪をくしゃっと撫でて言った。
「睡眠は大事だろう?」
 本をしぶしぶ預け、しばらくはまだ鼻をすすっていたものの、日頃の寝不足による強い睡魔に身を任せ、久々にすっきりした目覚めを迎えたスニヤはそれと同時におねしょをしてしまうという大惨事に見舞われた。下着と服はどうにかしたものの寝具はどうにもならず、大泣きしながらサビエルの部屋にやって来たのをなだめるのも大変だったが、これで身をもって判ってくれただろう、と悪魔のお父さんは思うのだ。
 それにしても彼の久し振りの粗相は派手だった。
 多分一度ではなくニ度か三度してしまったのだろう。それでも起きなかったくらい彼は眠たかったのだ。今朝方のすっかり途方に暮れたスニヤの表情を思い出し、ふふっと笑うとよいしょっと言いながら小さな体を片手で抱き上げる。少し驚いて戸惑う顔に微笑むと
「シーツ干すの、手伝ってくれるよな?」
と問い掛けた。
「うん・・・・・」
 細い腕が首に巻き付いて来る。
 よしっと言うとサビエルはもう片方の腕にある、洗濯物の入ったたらいを抱え直し歩き出した。

スクラッチナイト

少年の頬と腿を温かい物が伝う。
そうなると判っていた結末、恐怖、悔恨。
それらのものがない交ぜになった、不快感しかない熱が、ゆっくりと下半身を支配し、床に小さな音を立てて水たまりとなって広がった。
灯りのない暗い廊下に響くその音は彼の耳にやけに大きく響いた。
まだ幼い塔の鼓膜に響くその音は、少し離れてこちらを見下ろしている男の耳にも届いているだろうか。
そう思うと塔の胸はどきん、と高鳴り顔は羞恥で熱くなる。
幽霊だろう?そんなこと関係ないさ。
頭ではそう思っていても今彼に起きている状況が塔を充分に狼狽させ、途方に暮れさせた。
後少し歩けばというところでトイレに間に合わなかった、という事実。
それも目の前に幽霊がいる、という恐怖に勝てなかったからだ。
物心ついた時には様々な凶器に触れ、殺人を仕込まれ、誰かに頼るということを知らずに育った彼は、恐怖を抱え暗闇の中で尿意を必死にこらえながら耐えに耐えるしかなかった。
周囲にいる大人に付き添ってもらうなんて考えつきもしなかったのだ。
そんな彼は、トイレまで間に合わずにしくじってしまった事に動揺し、絶望感に囚われていた。
足元の水たまりは今も広がり続け、お尻にも股間にも熱を伝え続けている。
少し遠くにいた幽霊が一歩近付いた。
塔の心臓がどくん、と鼓動を打ち、今までゆっくりと漏れていたおしっこがどっと解放された。
ちょろちょろという音が大きな水音に変わる。
塔はそれを止める事は出来なかった。
体が恐怖に負けたのだ。
パジャマのズボンが一瞬で濡れた。
幽霊は、そんな彼の頬にそっと手を当てるとおいで、と優しく囁いた。
どうしていいのか判らないまま、塔はその声に導かれ、ふらふらと歩き出した。



おそらくそれが彼にとって最初の、誰かに頼るという行為になった。
相手のなすがまま。
言われるがまま体を洗われ、新しいパジャマに身を委ね、後片付けをしてもらい、まだ恐怖で凍り付いた心を抱いて再び眠る。
自分にとって恐怖心を抱く相手に頼るという歪んだ形での始まり。
それが、塔に複雑な甘え方を形成させた、と後に思う。
その夜の出来事は間違いなく彼に大きな傷を残し、彼はその後三日連続して布団を汚した。
最初の夜はただ、ぎりぎりまでトイレを我慢出来なかっただけの失敗だったが翌日からのおねしょは、目を覚ました時には時既に遅し、という具合でそれが彼を余計に恐怖へと陥れた。
我慢した記憶がないのに布団が濡れている。
お尻には濡れたパジャマが張り付いて気持ちが悪い。
それよりどうしたらいいのか判らない。
冷静な時の彼だったら今まで誰も頼らずに来た経験で静かに着替え、汚れた寝具を始末する事が出来ただろう。だが、この失敗は彼を酷く混乱させた。
どうしたらいいのか判らないまま、濡れた布団の上でしくしく泣いていると(そんなことも初めてだった)幽霊が現れ、最初の夜のように彼の体を洗い、奇麗にしたシーツの上に彼を寝かしつける。
塔は、手助けそしてもらいながらも、自分の身をどうして良いのか判らずにいた。
三日目は少しは記憶があった。
正確には目を覚ました時は、布団を汚している最中だった。
それは酷く情けない物で、失敗を止められないという事実が腿の下で広がり続ける尿の水たまりを感じながら彼を強く打ちのめした。
泣く事も出来ずに呆然とベッドの上で青ざめている塔に、幽霊はすまなかった、と言った。
「もうここには来ない」
と。
塔は猜疑心に溢れる少年だったが、幽霊の謝罪の翌日から、ぴたっとおねしょは止んだ。
夜中に目を覚まし、布団が濡れていないのを確認した彼は、誰もいない空間を見詰め、自分が何かを失ったような宙ぶらりんな気持ちを抱いている事を感じた。
幼い彼には、それが何だか判らなかった。


塔は幼くても暗殺者だった。
彼の狙いは同じ寮にいるどこかの衛星の皇子で、彼は大人しく謙虚で控えめで、甘えん坊ではなかったが誰かに頼る事が巧かった。
幼い時、かいま見れたその性格は一緒に育ち同じ家で時を過ごす様になってはっきりと示される様になった。
きっと彼だったらトイレに間に合わなくなる前に誰かを呼べただろう。
仮に間に合わずに失敗しても自分がすべき事と頼るべきことを区別し、お詫びもお礼も言うべき時に表しただろう。
と、当時を振り返る度、塔はその時の気恥ずかしさと共に、その時感じた宙ぶらりんな気持ちについて考える。
少しだけ手を伸ばし、助けを呼ぶ。
その術をあの時身につけ損なったのだ。
幽霊の一方的な幕引きによって。
そして巧く頼れなかった自分のせいで。
塔は結局あれからも誰かを頼る事が巧く出来ない青年になった。
方法は判っていたが、実行することが出来ない。
助けて欲しいのに唇をきゅっと弾き結んで拒絶してしまう。
態度に表れているのに言葉と顔で否定してしまい、言い出せなかったせいで隠し事に繋がったり失敗してしまう事も度々だった。
そんな彼を身近な保護者も皇子も判っているよ、というように許し、厳しくし、肩を抱く。
助けてもらっておきながら反抗的な態度に出ても減らず口を叩いても苦笑いで受け止める大人たちに、彼は更にむくれてしまう。
甘えているんだよなあ、と冷静になると必ず省みるのだが、その時は謝罪も感謝ももう間に合わない頃で、つくづく可愛くないなあと自分にがっかりするのだ。
彼の本当の保護者は苦い顔しかしなかったが、その保護者が強制的に雇った家庭教師の青年は、そんな彼の様子を察するといつも
「お前なり」
と言って笑った。
未だに塔は幽霊が怖い。
映画でもドラマでも童話でもホラーは全く駄目だ。
態度は決して良い物とは言えなかったが、それが駄目なんだと意思表示出来るようにはなった。
いつか、幽霊に会った事。
その夜の失敗を話せるようになったら、もう少し巧く頼れるようになるんだろうな、と許される度に塔は思う。
そして、自分が早いうちに頼るのが上手な性格だったら、おねしょも、もう二、三度はして彼らの腕の中で甘えてみたかったなあとも思うのだ。
(さすがにこの歳でそれは出来ないよなあ)
と残念に思う自分に呆れながら。
(今やったら本当に憤死ものだよ・・・・・・)
きっと皇子も、彼の保護者も少し冷たい目をした優しい家庭教師も笑わないでいてくれるだろうけど。
いや、それとも笑い話にしてくれるだろうか。
夜風ですっかり冷えたグラスの中の酒を飲み干し、塔は考えても仕方のないことさ、と首を振り、部屋の中に入った。

ライバルのおねしょ

暗殺者は真夜中の、灯りもない部屋の中ひとりため息をついた。
 彼のターゲットはなんと敵の多い事なのだろう。
 けっして大悪人でもない。
 罪など犯してもいない。
 まだ幼い、たまたま皇子という身分に産まれた五歳の少年なのだ。
 それなのに二日、或は三日に一度部屋を訪れれば沸いて出る数々の盗聴器、隠しカメラ、トリップ。彼を仕留めるのは自分だと自負している暗殺者の海洋はその度、何も知らずにすやすやと寝ている皇子の寝息を聴きながらそれらを処分していた。
 本来はたかが五歳のターゲットのために時間を割く予定ではなかった。
 彼が何故狙われているかは判らないが仮に王位継承問題だとしてもまだ成人にもなっていないのだから依頼主は急がない筈だ。
 だが、様々な偶然によって自分の手をすり抜けた事、他にも狙っている存在が多々或る事が海洋をこんなにも足しげく皇子の元へと通わせる事になった。
 それは決して楽な事ではない。
 彼の本拠地から皇子の潜む衛星までは随分遠い。
 そして海洋も暇ではない。
 どうにか時間をやりくりしてこの部屋に通っている。
 これでは、皇子を暗殺したいのか護りたいのか判らないな、と苦々しい表情にもなる。
 それなのに、皇子の方はまだすやすやと眠り続けている。
 その柔らかな白い頬に、愛着が沸き出した事にも海洋は自覚があった。
 あまりにも無防備に眠るその頬を突きたくもなる。
 皇子は海洋に全く気付かないわけではなかった。
 何度か目撃はしていたが遊びに来た幽霊だと信じて懐いて来た。
 それもいけなかった。
 怖がってくれたならどんなに良かったか。
 そう思い、またため息を付く海洋は廊下の方でかすかに響く物音を聴いた。
 誰の立てた音だかは判っていた。
 皇子の部屋のずっと奥。
 突き当たりの部屋に住まう皇子を狙うもう一人の人物だ。
 或る意味海洋にとって一番の邪魔者でもあった。


 塔はベッドの上で腿をすり合わせ、必死に襲いかかる尿意に耐えていた。
 シーソーのように上半身を前後に揺すり、何とか漏れそうになるのを食い止めようとするが、もう扉は今にも開かれんとばかりに下腹部がノックされる。
 このままではベッドを汚してしまうことは間違いない。 
「ううっ・・・・・」
 塔は泣き出しそうになり、その声を飲み込んだ。
 彼こそ海洋の警戒する、皇子を狙うもっとも身近な暗殺者だった。
 この衛星の女王が孤児を積極的に引き取っている事を利用して送り込まれて来たのだ。
 だから七歳児と言っても立派な暗殺者だった。
 しかし、それと同時に暗殺者だが立派な七歳児でもあった。
 殺すのは平気でも幽霊は苦手だった。
 そして彼は皇子の部屋に幽霊が出るのを知っていた。
 その幽霊が今夜もいることを。
 そのせいで廊下に出て行かなくてはいけないトイレに行けないでいた。
 幽霊なんぞすぐ帰るだろうと思って我慢していたのが間違いで、幽霊はいつまでも帰らない。
 軽い尿意が、今では出口のすぐそこまで押し寄せるほどにまでなっていた。
 切羽詰まった塔は、幽霊が皇子の部屋にいる間にトイレに行けばいいのだ、と思い立ち、急いでベッドから立ち上がり、手で股間を必死に抑えて廊下に出た。
「!」
 廊下には件の幽霊が立ちはだかっていた。
 じゅん、と股間を抑えた手に温もりが伝わる。
 塔は自分の股間、尻、そして腿に熱が伝わり、それが脚を伝って自分の足元に広がるのを感じた。
 恐怖でじんじんする意識の中、足元からする水音だけがやけにはっきり聴こえた。


 廊下で塔と鉢会わせた事は海洋にも予想外の出来事だった。
 すぐに立ち去るつもりでいたが静かな暗い夜の廊下に水音が響くのが聴こえ、じっと目を凝らす。
 目の前の幼いライバルの太腿から音を立てて水が流れ出すのが判った。
 唇を振るわせ、目には涙を浮かべ、青ざめた顔でこちらを見ている少年の足元にじんわりと水溜まりが広がる。
 海洋の胸に悔恨の想いが過った。
 愛くるしく、幽霊だと言いながら懐いて来る皇子とは逆に塔は可愛いたちではない。
 不信感を募らせた目付きでこちらを伺っている彼を好きになれない自分を知っていた。
 だが、まだ七歳の彼に何の罪があろう。
 必死に泣くのを堪えている塔の肩に手を置くと、びくんと震えるのが判った。
「おいで」
 海洋は努めて穏やかな声で告げると彼を浴室まで導いた。
 お湯を出し、汚れた体と服を洗う。
 部屋に連れ帰り、泣きじゃくりながら塔が着替えている間、廊下の水たまりも奇麗に拭いた。
 海洋としては、それで終わりのつもりだった。
 それから三日経ち、海洋はベッドの上で静かに泣く塔を見下ろして密かに顔に手を当てる。
(こんなはずではなかった・・・・)
 先日、廊下で塔の失敗に優しく接したつもりだったのに、反って恐怖心を植え付けてしまったらしい。
 塔は三日連続でベッドを汚していた。
 暗殺者と言っても殺す事が平気なだけの七歳児だ。
 本来は大人を頼りたい年頃の彼だが皇子を狙う為に身を潜めていたせいで頼るべき大人を持たなかった彼はもっとも畏れている海洋本人に救いを求めるしかなかった。それが悪循環になったのだろう。
 ベッドに出来た丸い染みの上に汚れたパジャマの尻をぺったりつけ、泣くしかない塔の背中を見ながら海洋はため息を付いた。
 どれもこれも自分のせいだ。
 暗殺者として誰かと鉢会わせるなんて有り得ない。
 しかも、塔はこの数日に渡る出来事のせいで羞恥と恐怖と、自信の喪失をどっぷり味わってしまっている。
 海洋はこれまで通り塔の体を洗い、汚れた寝具と服を片付けるとまだ顔を涙でぐちゃぐちゃにしている塔をベッドに横たわらせ、すまなかった、と静かに言った。
「驚かせたな・・・・・
実はあの部屋には私の大事な物があって、それを探していたんだ。
今までどうしても見付からなかったが、今日やっと見付けた。
もうここには来ない」
 そう言うと、驚いたように瞬きをする塔の頬を撫で、部屋を去った。
 もう来ないなんて嘘だった。
 だが、もう塔に会わないようにしなくては、と思ったのは真実だ。
 皇子の部屋を探るだけでも結構な時間の浪費だ。
 その上に塔を怯えさせ、後片付けまでするのは割に合わない。
 お互いに何も得られるものはない。
 


 三つ子の魂なんとやらとはよく言ったものだ、と海洋は苦笑した。
 向こうで塔が海洋の持って来たホラー映画のソフトを見付けてぎゃあぎゃあ騒いでいる。
 17歳になっても塔は結局ホラーが苦手なままだった。
 さすがにもう夜にトイレに行けないなんてことはないとは思うが。
プロフィール

りろいべる

Author:りろいべる
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。