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おねしょにはイイクスリ

これは困ったことになった、と殺し屋は台所で呟いた。
取り敢えず自分に留守を託した家主に連絡をすることにする。
「俺がその辺に置きっぱなしにしたのが悪かった」
「でも、お前ちゃんと警告したんだろう?」
殺し屋が詫びてはいるが淡々とした言葉で告げれば、家主は家主でのんびりとした口調で返す。「まさか毒ではないだろうな」
「毒ではないんだが・・・・」
殺し屋は言葉を濁した。
この家には家主と殺し屋以外に二人の未成年が保護、あるいは養われているのだが、その二人のどちらかが知らぬ間に試作品の薬を飲んでしまったのだ。劇薬でも毒薬でもないのだが、間違っても良い薬ではない。飲んだ人物が大変な目に遭うのだけは明らかなのだ。
「自業自得なんだから良いだろう」
これでも政府の人間で多忙を極める家主は相変わらずのんびりとした口調で告げると通信を切った。
きっと家の中でも最も手に負えない反抗期丸出しの青年が飲んだと思ったのだろう。
殺し屋はため息にならないため息をつくと通信機をオフにした。


今日何度目かの「うわっ!」という情けない声が響いたかと思うと殺し屋が料理の手を休め、廊下との境の扉を開けるのと同じタイミングで、この家に住む人間の一人、亡国の王子が目に涙を
滲ませ、真っ赤にした顔を覗かせた。廊下の明かりがついていないのにも関わらず、彼のズボンが股間の辺りを中心に大きなシミを作っているのが判る。同時に、つんとした異臭も漂って来た。
殺し屋は取り敢えず生理食塩水を渡すと、着替えを渡し、ズボンだけ脱がせて廊下に出た。
いくつか落ちている水滴の跡を辿ると二階に続く階段の途中に大きな水溜まりが出来ている。
殺し屋はその水溜りを脱がせた王子のズボンでぬぐうとお湯を張るために浴室へと向かった。
王子が飲んでしまった試験的な薬には利尿作用、というか強制的に排尿を促す作用があった。
そのせいで王子は突然の失禁に苦しめられるようになった。
頻尿どころか、あっと思った時には漏らしているのだ。
その作用について知らされていなかった彼はいきなりの自分の失禁に恐怖し、失意のどん底に突き落とされる羽目になった。その上、そういう薬だと説明されては、自分の行為をただただ呪うしかない。
殺し屋は起こらなかったが、帰宅して真実を知った家主から尻を激しくひっぱたかれ彼のプライドはもうズタズタだ。
おもらしに次ぐおもらし。
しかも自分には予測出来ない場所で派手にやってしまう。
おまけに日頃は優しい家主に
「おもらしはわざとではないが原因はお前が他人の忠告を聞かなかったからだ」
と冷たく厳しい口調で言い渡された上
「薬の効果が切れるまで、一回失敗するごとにお仕置きをするから」
と言われてしまった。

年がら年中反抗期のもう一人と違い、普段は言い子で通している王子は失敗にも叱られることにも不慣れでダメージがでかいのだ。
殺し屋が台所に続く居間に戻った時には物音を聞きつけ駆けつけた、もう一人の同居人の前で王子は家主の膝に乗せられ、手厳しい平手を尻に食らっていた。
まだ若い、すべすべで張りのある白い柔肌の丸い臀部が、びしっ、ぴしゃん!という音を立てて真っ赤に染まって行く。最初は必死に耐えていた王子も繰り返されるお仕置きと羞恥で、わんわんと声をあげて泣くようになった。
いつもはひねくれた態度を取る、彼より少しだけ年上の同居人はその様子にただオロオロとし、
「ほら、お湯の用意が出来たみたいだから」
と恐る恐る声を掛ける。
家主は薬を飲んだのは彼だと早合点していたが、殺し屋にはこの反抗期丸出しの青年が、それに反してとても怖がりで警戒心が強いことも判っていたからそれはないな、と踏んでいた。
そしてこの反抗期の青年が飲んでしまったなら家主もそこまで腹を立てなかったかもしれない。
家主は裏切られた気持ちでいっぱいになっていたのだ。
「お前はそんなことをしないと思ったのに」
最初のお仕置きの時、何度もその言葉を繰り返した。
さすがに何度も何度もおもらしが続き、王子が言い返すことも出来ずに泣いている姿を見て怒りも少しはおさまったらしいがお仕置きの手は緩まない。
「じゃあ、後五回だ」
とぴしゃんぴしゃんと尻から太ももまでを叩くと、泣きじゃくる王子を膝から下ろした。
「これ、もう止められないの?いつまで続くの?」
王子は浴室の入り口で懇願するように涙を流したままの顔で殺し屋の腕を掴み見上げ、声を震わせながら言った。
尻が痛むのか腰を落とし気味にして、膝をすり合わせてもじもじしている。
「もう二度とあんなことしないから!!」
叫ぶように言うやいなや。
王子はあっ!と声を上げる。

ちょろろろろ・・・・・・・

すり合わせた膝の間から温かいものが流れ、浴室の床をつたい出した。
小さな音はやがて大きな水音に変わり、床を勢い良く叩いた。
「あうう・・・・」
王子は情けない声を上げるともう一度お仕置きを受けるために浴室を出ようとした。
殺し屋はその体を押し戻すとシャワーのコックをひねった。
そのまま床に流れたおしっこと王子の足、膝、そして尻をゆっくり洗い流す。
「お風呂の中だ。よしとしよう」
そう言ってすべすべの赤らんだ肌を手で撫でる。
王子はなすがままになり、返事も出来ずにしゃくり上げた。
こんなこと、一人でも出来るのになんて情けないことだろう。
目の端には、さっき汚したズボンが置かれているのが映る。
シャワーの湯気の間をくぐり抜けて漏らした自分のおしっこの臭いが鼻をついて来た。
そのせいで羞恥心が全身を一気に駆け巡る。

「お前が全部飲み干したんじゃなきゃあなあ・・・・・」
殺し屋はすっかりぐしゃぐしゃになてしまった髪をなでつけながら言った。
「お前はただおもらしをしてるだけのように思うかもしれないが、もし、水の飲めない状況でこうなったらどうする?最後に待ってるのは脱水症状を起こしての死だ。
俺は毒じゃないとは言ったが、そんな風にも使えるんだぞ?」
殺し屋の言葉はどこまでも優しかった。
「・・・・・もうちょっと頑張る・・・・」
王子は鼻をすすり上げると涙でべったべたになった顔をすすぎ、泣くのをぐっと堪えて殺し屋の体にもたれかかった。
そして居間に戻ると、全員に迷惑を掛けることについて謝った。


「嫌かもしれないけど、もうズボンを履くのは止めておこうか」
王子が謝り終えたところで、殺し屋が言った。
「洗濯物もかさむし、着替える方も大変だろうし。
みんなの服を借りれば下は十分隠れるから」
「でも・・・・・汚しちゃうよ?」
王子は不安げにみんなの顔を見回す。
「洗濯すれば問題ないだろ?」
「確かにズボンを毎回履き替えるのは大変だな」
殺し屋の提案に二人は自室に服を取りに戻る。
ソファの上にはあっという間に二人の服が積み上げられた。
「でも、この上で漏らすのは勘弁な」
積み上げられた服を手でポンポンと叩きながら同居人が言い、王子は悔し紛れにグーを突き出すが、そうすると羽織った服の裾が上がり、下着だけの下半身が見えてしまうので結局やり返すことが出来ない。
しかも、力んだせいだろうか。
ジュワッとした温もりを股間に感じたと思った途端、それがお尻まで伝わり・・・・・・・


「ああああああ・・・・・・」


omo02.jpg




王子の足元に小さな水溜りが出来る。
「も、漏らしちゃった・・・・・・」
王子は力なくその水溜まりの上にへたり込んだ。
一度体を離れたはずのおしっこがお尻の下でヌメヌメと不快に動き、下着越しにペッタリと張り付くのを感じながらも王子はしばらく立ち上がれずにいた。


さすがに夜も10時を回る頃には失禁は頻繁ではなくなって来たが
「どうする?」
全員が互いに顔を見合わせる。
朝までは少なくとも6時間から8時間。
少なくとも一回は漏らしてしまうであろうことは想像出来る。
「まあ、一回ならなんとかなるとして」
「三回、まで行くと寝るところがなくなるな」
「僕、おねしょしちゃうなんてやだあああ!」
王子は顔を真っ赤にして叫んだ。
そして、何回も叩かれたせいでヒリヒリ痛むお尻に手をやる。
最初は我慢していたが何度も濡らしては叩かれ、洗われるのですっかり敏感になり、耐えることが出来なくなってしまった。
過敏になったせいで叩かれてる最中に二、三度軽く漏らしてしまったほどだ。
「やだって言ったって散々・・・・・・」
「おねしょはまた違うの!!」
王子はさらに声を荒げる。
「今からオムツは用意出来ないしなあ・・・・・」
「オム・・・・・」
家主の言葉に王子は口を閉じた。
「今晩だけの我慢だ。
床にレジャーシートと厚手のタオルか毛布を敷いて寝てもらおう。
マットレスやベッドを汚すより良いだろう?」
「う、うん・・・・・・」
でも、おねしょは決定なんだよね・・・・・
王子はがっくりと首をうなだれた。


暗がりの中、お尻から背中への違和感に、もしかしてと王子は少し尻を持ち上げ手で毛布の上を撫でる。
案の定、濡れた感触が手の平に伝わった。
毛布を取り替えるために起き上がるも、お尻の下で嫌な感覚と音がする。
ため息をつき、濡れた毛布とシートを丸め、下着も借りたシャツも脱ぐ。
新しいシートと毛布を敷き、下着とシャツを着替えてまた横たわる。
眠いのですぐに意識が遠のく。
次に起きた時は上掛けの中からしゃあしゃあという音がしていた。
なんだ、これはおもらしじゃなくて放尿じゃないか・・・・・ぼんやりとした意識の中でそう思う。
お尻の周囲が濡れていることを考えると、すでに一回は漏らしてしまったようだ。
解き放たれたおしっこがどんどん広がるのが判ったが睡魔が勝ってどうにもならなかった。


それからどれくらいしたのかは判らない。
突然上掛けを剥がされたかと思うと仰向けの姿勢からうつ伏せに転がされたかと思うや否や、下着を下ろされ尻を一発叩かれた。
あまりの痛さに飛び起きると殺し屋が上掛けを掴んだままで見下ろしている。
「風邪引くぞ、いつまでそうしているんだ!」
「え?あ!」
王子はおねしょを見られていることに気づいてあたふたするがもう手遅れだ。
ぐいと腕を掴まれると引き上げられ立たされる。
足の下で毛布とシートの間に溜まったおしっこが変に動いて気持ち悪かった。
二回分のおねしょは相当激しかったのか床にまで水溜りを拡げている。
「ほら、早く着替えろ。まずシャワーだ!」
急かされ、慌てて自分の寝ていた場所を退いた王子は尿意を感じて
「その前にトイレ!」
と声を上げて駆け出した。
「え?」
「え?トイレ?」
声を上げた王子も、聞いていた殺し屋も驚いて立ち止まる。
尿意を感じるってことは?
喜びかけた王子だったが
「ああああああっ!」
彼の膀胱には限界が来ていた。
濡れた体でおねしょの毛布の上に転がって体が冷えたのだ。
既に濡れている下着の中央にじわっとしたものが拡がる。
まずい、と察した殺し屋は急いで王子が最初におねしょをしてしまった毛布を掴み、王子を抱えると咄嗟にその足の下に毛布を敷いた。
それと同時に王子は漏らした。
それがちょうど他の二人が居間にやって来た時で


「あああああああああああ!!!」

王子は再び声を上げたのだった。


体をさっぱりさせ、夜中に汚した毛布を片付けてもらい、着替えて朝食の席に着いた王子はすっかり拗ねてしまった。
そりゃあ昨日は何度もおもらしをしたが、目の前であんなに恥ずかしい光景を見られるところまではいかなかった。
「すげー音だったな」
と同居人はしげしげ眺めるし、家主はいらぬ幼い頃の話をしだすし最悪だ。
「まあまあ良いじゃないか、尿意を感じたってことはもう薬は抜けたんだし」
殺し屋の方は人の気も知らぬげに涼しい顔で言う。
みんなの記憶を消せたら良いのに!
王子は顔を真っ赤にして、ずっと俯いたままで朝食を取った。


あのね、子供扱いされてるみたいでイヤだったんだよ。
その日1日を無事に終え、学校から帰宅した王子は殺し屋の夕食の支度を手伝った後、居間のソファーでお茶を飲みながら言った。
「でも、子供だったよね・・・・・」
反抗してダメと言われたものをいじり、服用した挙句面倒も迷惑もかけた。
それなのに拗ねたりヒスを起こしたりした。
「もうしないよ」
王子は殺し屋の目をじっと見つめて言った。
「そうだな。
本当にもし毒だったら・・・・・赤っ恥くらいじゃあ済まないんだぞ?」
殺し屋はそう言うと、王子の髪を撫ぜ、その顔を胸に引き寄せた。
外ではこの家では類を見ないほどの洗濯物が陽射しの中ではためいていた。
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ささやかなきっかけ


 きっかけは本当に些細な事だった。
 どっちが先に家に帰っただとか、宿題を終わらせただとか、より褒められただとか・・・・・・
 それが何かにつけての張り合いに発展し、何で競争するのかへと主旨が変わった。
 夏だったのがまずかった。
 どれくらい西瓜を食べられか。
 アイスをたくさん食べたのはどっちか。
 ジュースを何杯飲んだか。
 その結果がどうなるかなんて子供には及びも付かない。
 でも大人達には判っていたから僕と義姉の競り合いをくすくす笑って見ていた。
 大人達?
 義父とその友人だ。
 張り合っている相手は義父の最愛の娘で僕とは同い年だ。
 賢くて気が強くって簡単には折れないがとても優しい。
 それで僕はこの家で孤独を感じずに済んでいる。
 義父も優しい。
 優しいから賢いとは言え、まだ小学生の娘と養子の僕がくだらない張り合いの結果、しょっちゅうトイレに間に合わなくて服を汚してしまったりベッドを濡らしてしまったりしても怒らなかった。
 この家の方針は、なんてったって「子供のうちにしか出来ないことは楽しむべき」なのだから。
 僕たちはここ数日をお尻もシーツもびしょぼしょにしてがっかりした顔で、或はしょんぼりとした顔で目を覚まし、申し訳なさと恥ずかしい気持ちでいっぱいになりながら失敗の報告に行くのに大人達は思った通りだ、と笑うだけ。
 義父は「毎日君たちのトイレの失敗の為に働いているんじゃないんだけどね」と苦笑まじりに言いはするけれど叱りはしない。
 濡れたお尻でもじもじとしている僕たちに
「今度はどっちが大きいおねしょをしたかで競争する?それとも回数?」
 と言われれば負けず嫌いの彼女は今夜こそしない!と鼻息を荒くし、僕は自信もないのにその勢いに引きずられて「僕も負けない」と頬を膨らませる。
 でも大人達は結果が判っているのだ。
 頑張ってね〜〜と嘘くさい微笑みで答えたり、明日こそお義父さんは楽になれるんだね?って言ったり完全に面白がってる。
 そして大人達は正しい。
 翌朝には二人で涙で目を潤ませ、うなだれながら大人に報告しに行く羽目になる。
 パジャマくらい自分で替えられるけど濡れたベッドはどうしたらいいのか判らないんだから情けない限りだ。でも、それ以上に僕たちは競争に夢中になり、甘やかされてる事に少しばかりの快楽を覚えていた。


 この競争が終わったのは夏が終わったからではない。
 大人たちがもう止めなさいと言ったわけでもない。
「ばかばかしい事を楽しめるのは今だけ」を信条にしている義父が僕たちの失敗をせっせと写真に収めている事が判ったからだ。
 義父は器用で撮影だって巧い。
 劇的瞬間なんかそりゃあもうバッチリ。
 大人達はその劇的瞬間を眺めて可愛い可愛いの連呼だけど写された僕たちはたまらない。
 ぎゅうっと股間を押さえてるのだって恥ずかしいのにズボンに出来た染みから、股から滴る滴までクリアに写っているもの。
 足元に出来た水たまりに呆然とするだけの姿。
 あとちょっとでトイレだったのに直前で全部出してしまった瞬間。
 お尻に同じような丸い染みを作って一生懸命言い訳している二人。
 ぐっしょり濡れたベッド。
 手で前を押さえ大泣きしながら、漏らしてる姿。
 幼稚園児みたいに上から下までの着替えを手伝ってもらってる姿。
 抱っこして貰った途端に漏らしてしまったものもある。
 これだけでも充分恥ずかしいのにこれ以上の事があるのかと思うと僕たちは耐えられなかった。
 大人達は残念がったが僕たちは取り敢えず、平和に生きる事を選んだのだった。

気難しがりやの王子の失敗

 学校から家に帰ると家はいつでも奇麗に片付いていて、タイミングさえ合えば手作りのおやつまで用意されている。
 部屋に入るとベッドの上には奇麗に畳まれた洗濯物が積み上げられている。
 全て自分を狙っている殺し屋の仕業だ。
 その殺し屋は、もうなくなってしまった衛星の王子である彼が随分小さな頃からその生命を狙っていた凄腕の殺し屋だ。残念ながらその殺人依頼は解除されてしまったが殺し屋は後一歩の所で依頼が解除されてしまった事を癪に思って次の依頼が来るまで王子を他の暗殺者から護り続けている。なんとも律儀で頑固な男だ。
 護りついでに学校までの送り迎え、家事までこなす殺し屋は、表情や感情には乏しかったが不思議と怖くはなかった。
 むしろ独特の優しさを持って王子に接してくれている。
 王子はいつかはこの男の手に掛けられ殺められてしまうのかという畏れを抱きつつも、殺し屋の作ったおやつをついばみ、今日学校であった事を報告しながら家事を手伝い、一緒に食卓を囲み、時には一緒に映画を観たり本の貸し借りをするという時間を過ごした。
 家どころか故郷の衛星と家族まで失った未成年の王子にはそうしてくれる大人が必要だったから、彼の存在は確かに有り難いものだった。
 なんてったって殺し屋はとても器用でまめでとっても聞き上手で、外ではにこにこの王子が家で感情を爆発させて八つ当たりしたって涼しい顔で受け止めてくれるのだ。
 そんな殺し屋の感情が最近の王子には巧くコントロール出来ないのが王子の悩みだった。
 以前はなすがままで八つ当たりを受け止めてくれる、背の高い殺し屋に心行くまで甘えて明日をすっきりと迎えていたのに。
 彼が底なしに彼を受け止めてくれればくれるほど、王子の胸にはもやもやとした気持ちが芽生えて仕方ない。
 殺し屋だって好きで王子の御世話をしているわけではないはずだとか。
 自分にも理不尽な話なのに、何故彼はひとつも抗う事なく従うのだろうとか。
 そんな疑問ばかりが自分とのやり取りの度に胸を多い、最近王子は殺し屋に素直になれない。
 必要以上にきつい言葉で返してしまったり、たいして感情も持たない殺し屋の気持ちを勝手に詮索して本当は自分に不満があるはずだと思い込んでは全ての言葉を悪いように受け止めてしまって反抗的な返事を投げ付けてしまったり。それでも殺し屋は何も言わない。また八つ当たりなのだろう、と涼しい顔だ。
 それがまた情けなくて、王子はごめんなさいも言えないで勝手にむくれては、踵を返されて慌ててて後を追ったりしがみついたり拗ねて部屋にこもって夕食まで出て来なくなったり。
 何かにつけてずるいずるいと連呼したり。
 周囲にいる人間が普通の大人だったら反抗期だ、思春期だ、と思ってくれた事だろう。
 あなたはそうだと言ってくれたかもしれない。
 ただ、殺し屋はだいぶその辺の事がルーズで、亡命の王子は16歳の揺らめく心を持て余していた。

 そんなことだから、今日も王子はちょっとしたことで不機嫌になって部屋に籠ってしまった。
 どういう風に振る舞ったらいいのか判らず、激しい自己嫌悪を抱きながらベッドに転がっていると睡魔が襲って来る。
 最近、ちょっとしたことで苛々しているから疲れてしまったに違いない。
 王子はそう考えて瞳を閉じた。
 


 ずしん、とした重みを体に感じる。
 部屋が薄暗くて、ちょっと寝ただけのつもりがそうではなかったかもしれない、と思いながら王子はどうにか体を起こそうとした。
 まだすっきりはしていないが寝ただけマシだ。
 まだ殺し屋になんて言ったら判らないが顔を合わせる気にはなってる。
 出来るだけ勢い良く起きよう、と上半身を起こした王子は、その勢いを強くへし折られるような出来事に顔面蒼白になった。
 ・・・・・・・どうしよう・・・・・・
 心臓の音が聴こえる。
 どうしたらいいのか判らない。
 混乱した頭の中で色んな事がぐるぐると回っているけれど、とにかく誰かの助けが必要だ。
 王子は震える手で携帯電話を掴むと必死で番号ボタンを押した。



 静かな台所で殺し屋は夕食の下ごしらえをしていた。
 王子がいる時は王子の話し声で溢れ還っているが、今日は自分一人なので包丁が野菜を刻む音やお湯が沸く音くらいしかしない。
 そんな静寂をつんざくように、リビングに置いてある電話が強く鳴った。
 この電話は掛けた側が内容によって音を調節出来るようになっているので、音の強弱で話の重要度が判るようになっている。
 殺し屋が足早に近寄り、受話器を耳に付けると、ためらうような呼吸の後で、掠れたような声で

「・・・・・・お・・・・」

とだけ聴こえた。

「お?」

 オウム返しに聞き返す。
 受話器の向こうは数秒間静かになり、それから涙声で震えながら、しかしはっきりとした口調で伝えられた。



 おねしょしちゃった




 殺し屋が急いで二階に駆け上がり扉をノックすると、王子がべそをかきながら出て来る。
 下半身は歩く度にぐずぐず言っている。
 本人は無意識だろうがびしょびしょで重くなったズボンのせいでどことなくがに股だ。
 ベッドの上には大きな水たまりが出来ていた。
 服は着替える事が出来るが、この濡れたベッドを始末するのは難儀な事だろう。
 殺し屋はとにかく体を洗っておいで、と言うとシーツを剥がしに掛かった。
 毛布は掛けていなかったようで無事だがマットレスは救い用がない。
 もう夕方なので外に干すわけにもいかない。
 しかし、このまま置いては部屋ににおいがこもってしまう。
 殺し屋は取り敢えずシーツを浴室に突っ込んだ。
 王子が泣きべそかきながらシャワーを浴びていたが気にしない。
 その後、床を汚さないようにマットレスを降ろす。
 これが一苦労だった。
 階段を下りる時がキツい。
 それでもどうにかして運び降ろすと体と一緒にシーツも洗った王子が浴室から出て来たところだった。鏡の前で涙を拭きながら着替え始めようとしている背後からマットレスを浴室に突っ込む。
 今しがた閉じられたばかりのシャワーの栓を開くと、王子の失敗の跡目掛けて放水した。
 
 
 それは立派な反抗期。
 残業を途中で切り上げ、いつもより早目に帰って来た家主はソファの上で殺し屋に抱きかかえながら眠る王子の姿に微笑みながら答えた。
 ベッドが駄目になってしまったので後は他の人と寝るか居間のソファで寝るかしかなかったが、殺し屋に部屋はない。同居人の塔は二人で寝れるほどのベッドは持っておらず、家の主は帰りが遅く持ち帰りの仕事を携えていることもある。考えた末にソファで寝る事を選んだわけだが、夕食後も自分の失敗を思い出してかぐずぐず泣くので気持ちを落ち着かせる為に仰向けになり、腹に抱きながら揺らしていたらすっかり眠り込んでしまい、殺し屋は動くに動けなくなってしまった。
 家主の夕飯を温めなくてはなるまい。
 殺し屋はそっとソファと王子の間からそっと体を抜き取る。
「反抗期?」
「あとちょっとで大人さ」
 家主は己の首にしつこくしがみつくネクタイを外しながら言った。
「その前に赤ちゃんに戻るの?」
「そうかもな」
 家主は殺し屋の疑問にふふふ、と笑った。
 殺し屋はいつも五歳児が初めて疑問を抱くかのような訊き方をする。
 それが怜悧な表情と正反対で面白くてたまらない。
 殺し屋は結構博識で雑学家で思いも寄らないような知識を持っていたが、どこでどう生きて来たのか誰もが知ってる事が抜け落ちていたりする。それをためらいなく訊いて来るのだ。
 彼の年齢は判らず、骨格や肌の質感からして20代の前半ではないかと言われているが、こういう時はいやにあどけない。
 あどけないからこそ殺し屋になれるのかもしれない。
 と、思わないでもないが。
 家主が今日の疲れをシャワーで洗い流し、リラックスした部屋着になって居間に戻ると食卓には温められた夕食が並んでいる。勿論アルコール付き。王子の元に戻ろうとした殺し屋を呼び止め、グラスを持たせると二人で反抗期に乾杯をした。
 少なくともあのマットレスが乾くまでに三日は掛かりそうだなと思いながら。



 王子はそれからしばらくはまた失敗してしまうのではないかと怯えながら眠り、起きる日々を過ごした。
 失敗は一度だけあった。
 その頃は反抗期も終わり掛けており、殺し屋との感情の諍いもなく、自分の心持ちも理解していた王子は以前のように大騒ぎをすることもなく自分で後始末をすると、その日は泊まりでソファに寝ていた殺し屋を起こし、
「ベッド駄目にしちゃったから」
と言うと反対側のソファで毛布にくるまる。
「駄目にしたって何で?」
 殺し屋が、あの特有の五歳児みたいな眼差しで訊いて来る。
 本当に卑怯だ、と王子は思ったが反抗期真っ盛りの時に感じた苛立はない。
 殺し屋にとっては本当に「何で?」なのだ。
 王子はちょっとは察しなよ、というようにわざと膨れると
「おねしょしちゃったの!」
 と言い放って背中を向けた。
 殺し屋はふうん、とだけ言うとおやすみと呟き静かになった。
 ふうん、だって、と王子は目を閉じ眠りの国に旅立つ。
 明日になったらもう黙れって言っても喋ってやるんだからね。
 あの日。
 自分のおねしょに気付いた時、どんなに絶望したか。
 謝ってもいないのに強情張った相手に泣きつくのにどれだけの勇気がいったか。
 服を脱ぐまでの、お尻から脚にまとわりつく気持悪さ。
 電話してから殺し屋が駆けつけるまでの間、実はその濡れたベッドの上におしっこを漏らしちゃった事。
 盛大に濡れてたから気付かれなかったけど、浴室までもちょっとずつ漏らしていて浴室の前で大きな水たまりも作っていたこと。
 それくらいあの日は自分の失敗が恐怖だったこと。
 抱かれて眠ってる間とても安心していたこと。
 今夜は「あ、やっちゃった」としか思わなかった事。
 ベッドだってあんなに派手には汚してないんだから。
 同じおねしょだけど。
 パジャマだってお尻の周りが濡れたくらいなんだから。
 同じおねしょだけど。




 大人になるってちょっとつまらない。
 王子の寝息を聴きながら殺し屋は自分も眠りの国へと旅立ちながら思った。
 殺し屋は王子が小さい時から知ってはいるが、彼を抱いたりするわけにはいかなかった。
 偶然、致し方なく小さな手に握りしめられた時、初めてその体温を感じ、子供って温かいなあと思った。それは彼が初めて触れる生命の温度だった。
 こないだの夜腹の上に抱いた王子の体から伝わる体温はその時の事を思い出させるほど温かかった。
 わけもなく突っかかって来たり、よく判らない理由で八つ当たりして来たり、急に泣き出したりする王子を殺し屋はさほど嫌ではなかった。
 そんな王子がもういなくなるのかと思うと、寂しくもあり残念でもある。
 もしかしたらまたうっかり失敗してしまってもソファで寝ずに済む方法を思い付くかもしれない。
 抱いた体温がそっと離れて行くような気持ちだな、と殺し屋はその残像を追って意識を手放した

くまにおねしょを見られたら

毎日ベッドにおしっこの失敗。
お尻がじゅわんとしたらもう駄目なの。
パジャマに温かいおしっこが広がって。
それから何時間かしたらお尻に痛いおしおき。
それでも毎日おしっこの失敗。

今日はいつもと違ってた。
くまさんのぬいぐるみにぴしゃんぴしゃん。
とうとうお尻を叩かれて。
くまさんは言ったの。
「もう一緒に寝てあげません」


one303.jpg

悪魔払い師の孫 悪魔のお仕置き

 夏にはまだ少し早い日の夜だった。
 シトラスはふと、眠りから醒めベッドの上から起き上がった。
 普段は朝までぐっすり眠っているのでこれは珍しい事だ。
 もう一度眠りにつこうとした彼女は、その前にトイレに行っておこうとベッドから出た。
 生意気な顔立ちをしているけれどまだ10歳にもならない幼い彼女の髪が暗がりの中でぼんやり光る。灯りは要らない。
 何故ならシトラスは父親が悪魔の、人間とのハーフだからである。
 そのせいでとても夜目が利く。
 それでも最近は廊下に間接照明が灯るようになった。
 悪魔と悪魔のハーフしかいなかったこの家に人間の男の子がやって来たからだ。
 それでこの家のルールは少しだけ人間寄りになった。
 ほどなくしてシトラスは自分が目を醒した理由を知る。
 奥の部屋から灯りが漏れ、誰かの話す声がするのが聴こえて来たからだ。
 彼女は取り敢えずトイレに行くのを後回しにして置くの部屋へと忍び寄って行った。
 そこは確か悪魔である父親の部屋であるはずだ。
 その部屋で一体何が?
 好奇心を刺激された彼女だが徐々に聴こえて来る声と音で事態を察することが出来た。
 聞き覚えのある、尻を叩く音と父親の説教。そしてすすり泣き。
 でも、そのお仕置きの常連である自分はここにいる。
 ごくっとシトラスの喉が鳴った。
 だったら今部屋の中でお尻を叩かれているのはあの子しかいない。
 父親が引き取る事になった人間の男の子、スニヤ。
 だがスニヤはきかん気の強いやんちゃなシトラスと違って真面目で大人しくて滅多には叱られる事のない男の子だ。それがどうして?シトラスはそっと部屋に近寄って耳をそばだてた。
「夜更かしは駄目だって何度も注意したよな?」
 ドア越しに父親の滅多にない尖った声が響く。
 悪魔とは言うが父親のハビエルは相当に甘い父親で滅多に子供達を叱る事もなければ声を荒げる事もない。その父親が一度叱るとなると、それはもう厳しく、シトラスでも何も言い返す事が出来なかった。
 部屋の中からは返事の代わりに鼻をすすり上げる音とくぐもった言葉にならない声が聴こえる。
 多分スニヤは泣くのと悲鳴を上げるのを耐えているのだろう。
「それなのに隠れて夜中に!」
 ハビエルの声に続いて、ばしん、という音が聴こえ、シトラスは思わず自分のお尻を庇い足の指を折り曲げた。我知らず、肩がびくんと跳ねる。ズボン越しのようだが明らかにお尻を叩かれている・・・・・・ スニヤと違って何度もお尻にお仕置きをされた事のあるシトラスはその時の痛みが蘇って頬が熱くなった。父親がくれる平手は本当に痛い。まだ床に水たまりを作った事はないがシトラスは何度もその痛さでおしっこをちびってしまい、下着を汚している。スカートの上から叩かれる時はバレずに済んでいるが、お尻を半分出された状態でのお仕置きでは見逃してもらえる筈もない。いつも生意気な態度を取るくせに、とついでに罵られてしまうので本当に恥ずかしいし屈辱的だ。
「池に落ちただと?!」
 シトラスは、その言葉で父親が何故スニヤに腹を立てているか判った。
 このところ、彼は一冊の本に夢中で何度言っても夜更かしをしてまで読みふけっていて、そのせいで昼にぼんやりする事が多くなったのだ。授業には影響していないようだが何でもないところで転んだり家の中で壁にぶつかったりと少々危ないと思った矢先に今日は池に落ちた。
「もしも誰かが通りかからなかったらどうなってたと思うんだ!」
 ばん!ばん!ばん!
 続けざまにはたかれ、さすがのスニヤもうめき声を上げながら仰け反る。
 これ以上は・・・・・・・と、シトラスはそっとその場を離れるとトイレに入り、自室に戻り再びの眠りについた。
 明日はそっとスニヤを慰める事にしよう。
 
 
 スニヤはベッドに腰掛けたハビエルの膝の上に尻を乗せられたまま、顔の前にある枕を両手で掴み痛みに耐えていた。
 悪いのは自分なので泣き喚くのは違うと想っていたし、簡単に謝っては痛みに堪え難いだけのことだと思われるのではと考えて口を開かぬようにと頑張っていた。
 それでもあまりの痛みにたまに声が漏れてしまう。
 そのせいでサビエルも止め時を見失ってはいた。
 スニヤの指が枕に深い皺を作るのが目に入り、一旦落ち着こうと一度振り上げた手を下ろす。
 膝に乗せた腹と、幼いせいでまだ薄い肩が大きく上下していた。
 その肩の動きが静かになった頃。
「・・・・・・サビエル・・・・・」
 膝の上から弱々しい声がした。
「・・・・・本当にごめんなさい・・・・」
 泣くのを堪えているせいで言葉は途切れ途切れだ。
 サビエルはまだ腹を立てていたが、その言葉で苛立ちがすうっと引いて行くのを感じた。
「うん」
と言うとうつ伏せになったままのスニヤの体を起こし、鼻にティッシュを当てがうとちんとさせる。
 泣くのを我慢しているせいで鼻水が詰まって窒息寸前だ。
「そりゃあ俺はスニヤが読書に夢中なのはいいと思うよ。
でもまだ子供なんだし睡眠はちゃんと取らなきゃ駄目だ。
だから本は寝る前に預けて行きなさい」
「え・・・・・・」
 スニヤは承服し兼ねるように言い淀んだが強く睨まれてはい、と言った。
「じゃあ、さっそく本を取りに行かなくてはね」
 サビエルはそう言うと、スニヤを抱きかかえ彼の寝室へと向かった。



 青空にしゃぼんが舞う。
「おねしょはシトラスだけだと思ったのに」
 サビエルはぼやきながら汗まみれになってシーツと格闘している。
「なんだ、どうしたんだ?」
 遊びに来た友人のリリスがその顔を上から覗き込む。
「あの人間の子は怖い映画でも見たのか?」
「いいや」
 サビエルはシーツをぎゅーっと絞るとっち上がり、青空の下に大きく拡げ、ぱんっと張って笑った。
「よ~~く眠っただけだよ。な?」
 その言葉に建物の影から様子を見ていたスニヤが一瞬体をを引っ込めたがすぐに顔を赤くして姿を現した。
 サビエルはにやにやしながら洗濯物の入ったたらいを抱え、スニヤの脇を通り過ぎると、その髪をくしゃっと撫でて言った。
「睡眠は大事だろう?」
 本をしぶしぶ預け、しばらくはまだ鼻をすすっていたものの、日頃の寝不足による強い睡魔に身を任せ、久々にすっきりした目覚めを迎えたスニヤはそれと同時におねしょをしてしまうという大惨事に見舞われた。下着と服はどうにかしたものの寝具はどうにもならず、大泣きしながらサビエルの部屋にやって来たのをなだめるのも大変だったが、これで身をもって判ってくれただろう、と悪魔のお父さんは思うのだ。
 それにしても彼の久し振りの粗相は派手だった。
 多分一度ではなくニ度か三度してしまったのだろう。それでも起きなかったくらい彼は眠たかったのだ。今朝方のすっかり途方に暮れたスニヤの表情を思い出し、ふふっと笑うとよいしょっと言いながら小さな体を片手で抱き上げる。少し驚いて戸惑う顔に微笑むと
「シーツ干すの、手伝ってくれるよな?」
と問い掛けた。
「うん・・・・・」
 細い腕が首に巻き付いて来る。
 よしっと言うとサビエルはもう片方の腕にある、洗濯物の入ったたらいを抱え直し歩き出した。
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